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誰か私を抱きしめて 著書「虐待」斉木桂子より一部抜粋
私の毎日は、〈いつ何時、母の暴力に見舞われるかわからない〉という恐怖におびえる日々だった。常に、相当な神経を使ってあたりを警戒し、その疲れからか、ため息ばかりをついているような子どもだった。そして、既に4歳頃か ら『チック』の症状を表すようになっていた。これは自律神経のバランスの乱れに起因するという神経症の一つで、 顔面や手足がピクピク痙攣し、しゃべると口が歪むなどの症状がみられるようになる。当時は心の問題が、そんな形 で体に表れるなど周りに知る人はいなかったので、私の様子は、母にとっては〈異様〉で蔑むべき材料でしかなかった。
「みっともない顔をするんじゃないの!」
「なんて落ち着きのない子なんだろう!」
母は私のそんな様子をひたすら疎んじ、冷たい言葉で罵倒するばかりだった。小学校にあがる頃には『強迫観念症』の症状も出始めた。夜中じゅう水道の蛇口やガスコンロの栓を閉め続ける、という奇行を繰り返すようになった。
カウンセリング心理学ワンポイントレッスン3
「強迫観念症」とは、心を悩ませる不安でたまらない事柄から一時でも目をそらそうと、何かに固執してしまう神経症です。よく、手を洗っても洗っても汚いような気 がして皮がめくれるまで洗い続けてしまうとか、外へ出掛けるとガスの元栓が気になって家に戻らないと気が済まないとか、そんな症状を耳にするかと思います。
私の場合は、水道やガスを止めたかどうかが気になって仕方なく、夜のベットに入ると、「お風呂の水は止めたかしら?」「ガスは消したかしら?」と心配で心配でいてもいられなくなる「確認強迫」という症状です。
強迫観念症の世界はまさに妄想の世界。〈普通〉ならば、ガスや水道を止めたことを一度確かめれば、あとは心安らかにいられるものだ。それが〈普通〉でなくなると、その場を離れた途端に、自分で閉めたと分かっているのに『やはり水は出っ放しなのでは・・・』と思いが頭にこびりつて離れなくなる。そして居ても立ってもいられなくなり、再び蛇口を見に行き、『よし、大丈夫』と確認してベットひ戻っても、再度不安が頭をもたげてくるのだ。そのうちに妄想が膨らみ始め、 《私のせいで、家中水浸しになってしまったら・・・》 《私がガスを消さなかったばっかりに、火事になってしまったら・・・》 《私が起こした火事で、みんなが死んじゃったら・・・》 と最悪の事態が頭の中を駆け巡って、一気に恐怖が募っていく。あまりの恐ろしさに、「お母さん助けて!」
思わずそう叫んだが、私には、母が優しく受け入れてはくれないことが充分にわかっていた。そうして理性が残っているうちはなんとか堪えていたが、恐怖が頂点に達したとき、私は我を忘れて母の寝室へ駆け込んだ。
『よしよし、何も怖いことなんてないのよ』
『安心して眠りなさい』
そんな言葉とともに、優しく抱きしめてほしかった・・・わたしが眠りにつくまで、せめてそばにいてほしかった。母は私のかすかな望みを、いつものようにバッサリと切り捨てた。
「何をわけのわからないことを言ってるの?早く出ていって!」
おびえる私に向かってそう言うと、乱暴にドアを閉めた。
「お母さん、怖いよ! お願い、入れて!」
一人っきりの部屋へ戻りたくない! ベットへ入ったら再びあの恐怖がよみがえってくる・・・。母に自分の心中を伝えたくても、幼い私には、自分が何を恐れているのかきちんと説明する力もなく、ただ、母を求めてドアをノックし続けることしかできなかった。
《どなられてもいいから、お母さんのそばにいたい!》しかし、私の心の叫びは全く通じなかった。
「いつまでも騒いでいるの!? 頭がおかしいんじゃないの!?」
「うるさい! もう、あっちへ行け!」
母は、怒り狂って大声を張り上げ、私を廊下へ突き飛ばした。バタンという音とともにドアには鍵がかけられ、それ以上泣いても叫んでも、何も応えてはくれなかった。水道やガスが気になるという強迫観念症は、小学校を卒業する頃まで続いた。繰り返し訪れる、怖くて眠れぬ夜。皆が寝静まり、自分のベットに横たわると、水道のこと、ガスのことが頭の中を支配して、言い知れぬ恐怖が募ってきた。《うわーーーーーっ!》 部屋を飛び出しても母の部屋へ入ることはもちろん、物音をたてることも、廊下の電機をつけることも許されなかった。どれだけ寒くても、どんなにつらくても、真っ暗な廊下でうずくまり、夜が明けるのを待つしかない。水道栓、ガスの栓、夜中の静けさ、取り残された孤独感、時計の音・・・。果てしなく長く思える朝までの時間を、一人やり過ごす日々が続いた。
カウンセリング心理学ワンポイントレッスン4
私のように親から肉体的、精神的に虐待され続け、自己肯定感を得られないまま育っ た子どものことを心理学では「アダルト・チルドレン」といいます。言い換えれば、「アダルト・チルドレン」とは「機能不全家族」(子どもが子どもらしく安心して過ごすことのできない家族)の中で育った子どもが心に傷を負ったまま大人になり、安定した心の状態を保つことができなくなることをいいます。つまり、受け手である子 どもとの間に心理的に大きな開きがあるということです。













